オラとうちあれこれ

オラとうちに関するあれこれを書いていきます。

オラをイラストにしてみた!

 

 2024年に青森まで普通列車で行きましたけど、途中で秋田にも寄りました。そうしたら、駅の改札口あたりで秋田高校総合文化祭の宣伝をしていて、そのイメージキャラのあきたぽさんがいました。

 

 せっかくだから、あきたぽさんと一緒に写真を撮ってもらいました。秋田に遊びに行けたらいいけどねえ。東京には行きたくないけど、秋田には行きたいなあ。

 

 駅から外へ出てみたかったねえ。

 

 

 花粉が飛び散っているとき、駐車場係をさせられて、グシュグシュになりながら案内板を持っていました。

 

 カーブミラーで自分を撮る余裕はあったみたい。そんなアホなことをしていました。よくやるねえ。アホですなあ。相変わらずです。

 

1983年の北海道、鉄道の旅

 1983年の夏、彼女と北海道に行きました。初めて青函連絡船に乗り、道南を旅しました。

 

 

 この周遊券で行けるところに行こうと、函館、大沼公園、洞爺湖、有珠山、室蘭、札幌市、小樽市などを回りました。

 

 こちらは夜行列車で青森駅について、いよいよ連絡船に乗るというところで、ほとんどの人たちはさっさと階段を上がっていくのに、私たちだけモタモタと電気機関車の顔を撮っていました。

 

 彼女はこの時は眠れたかな。あまり眠れなかったよね。私も興奮して眠れなかったかも。4人掛けのボックス席なんだもんね。

 

 

 ほんとにこの時の彼女もかわいかった。今は、とてもたくましくなってしまった。私が頼りないですからねえ。

 

 

 ふたりでブラブラした小樽の運河あたり。今は観光客が押し寄せていて、こんなにしっとりするどころではなかったね。

 

今朝は朝焼けがキレイだったそうです。

 

 今朝は、五時過ぎには起きたのだけれど、空は少しだけくもっていました。朝焼けになるかな、だったら、散歩に行くかな? と思いましたが、私のスマホときたら、ものすごく気まぐれで、昨日も歩数計が働かずたったの17歩だったので、少し信用できなくてモタモタしているあいだに、うちの奥さんは先に出てしまいます。

 

 確かに、私なんかを相手にしていたら、いつまで経っても歩きに行けないでしょう。しばらくして、やっと歩数計が動き出したので、奥さんを迎えに行く散歩に出て、めでたく一緒に帰ってこれました。

 

 けれども、朝焼け写真は撮れず、コゲラが活動をしているのを見ただけでした。まあ、私は写真家ではないのですから、見られたものに満足して日々を過ごすだけでしたね。こうして奥さんと歩きに行けるというだけでしあわせではないですか。そういう時間をかみしめたいのに、すぐにお腹が減って、忘れてしまうんだよなあ。

 

ジゼルと俳句甲子園

 

 

 10月3日・土曜日 14時から17時までNHKのEテレを見ました。

 

 14時から16時までは、英国ロイヤルバレエ団の日本公演の模様を見せてもらいました。今年の7月に東京であったのだと思われます。プリンシパルは金子さんという方で、汗びっしょりで踊っておられました。バレエを初めて2時間たっぷり見せてもらいました。

 

 それにしても、AIはどんなものでもイラストを描いてくれて、本当に怖いくらいです。でもまあ、ネットの画像はイメージに合わないし、どうせ違うのなら、AIに描いてもらおうと思いました。

 

 でも、あまりに頼っていると、そのうち自分で画面を描こうという気持ちがなくなっていきますね。つまらなくてもいいから、自分で描くというのが大事かなぁ。ペイントではうまく描けないという自信があります。

 

 

 

 つづけて今年の「俳句甲子園」というイベントを45分にまとめた番組を見ました。札幌北高校と京都共栄学園という二つの学校にスポットライトをあてて、そこの生徒たちが松山に行くまでのあれこれ、向こうでの奮闘などをコンパクトにまとめていました。

 

 感心しました。でも、私のいる世界とはあまりに違い過ぎて、少しだけ寂しくなりました。もう、ああいうところには行けないです。だから、ダイジェストを見せてもらうだけですし、録画したけれど、すぐに消そうと思います。何度も見るものでもないし、動画の世界ではいろいろと見られるみたいです。私は、そういうのを見て感心するわけではないから、若い人たちは何度も見て研究するんだなというばかりです。

 

 でも、楽しい午後をすごしました。夜は「ブラタモリ」も見るでしょう。テレビを久しぶりにたくさん見ました。よかったね。

ヒアリに刺された

 

 庭のススキを抜いていたら、左手に痛みが走りました。それこそ痛い、イテテテーという感じ。何だろう。何が起こったんだろうと、左手の軍手の中をのぞいてみました。ちょうど手首のあたりです。

 

 のぞいてみても、何も見えず、ただ痛いだけ。しばらくしたらまたイテテテーという感じ。何だろう。また見ても、何もおらず、三回目だったかな、軍手の中から茶色い小さいアリが出てきました。

 

 それからもずっと痛みは続くし、どうしたのか訳が分からないから、家の中に入り、手首を洗い、しばらくすると、三つ腫れあがったところが出てきました。立て続けにやられたみたいで、原因はさっきのアリのようでした。

 

 アリがガブリと噛みつくのは知っていました。けれども、こんなにいつまでも痛いし、気になるし、ゾワゾワするのは初めてでした。

 

 奥さんが言うには、あそこあたりにはアリがいて、噛むよ、ということでした。彼女は足を何度か噛まれたようです。調べてみたらヒアリというらしい。巣もあるというし、外来種のアリがうちに広がり、時々は隣人の私たちに噛みついて痛い思いをさせるらしい。

 

 知りませんでした。私んちにそんな外来種の攻撃的なアリが住んでいたのか。以後気を付けます。アリさんを目の敵にしてやっつけないと気が済まない気分です。でも、逆襲されそうで、何だか怖いです。

 

 

オカンの弁当 2018?

 

 正確な日付はわかりませんが、2018年ころにオカンとどこかへ出かけて、その時にオカンが作ってくれた弁当でした。

 

 オカンはシャケはムチャクチャ好きでした。というか、一番料理したことにもなるし、手ごろだし、好きだった。

 

 玉子焼きは昔から砂糖をしっかり入れて、クルクルと巻き上げていた。クキも母の好きなもの。ウインナーは私が好きだったもの。

 

 そういう家族の好きなものを詰め込んで、出かけたところで弁当箱を広げて食べるというのがとても好きでした。外食は嫌いだった。

 

 そのせいか、私はよそでゴハンを食べるということができなくて、今も家で何かを食べたくなります。今は奥様にお願いしているけれど、家で食べるゴハンが好きだなんて、ぜいたくできないようになっているし、珍しい食べ物が食べられないようになっていたんですね。

台風に呼び寄せられている風たち

 

 20日の夕方、台風はまだ小笠原とか、太平洋のあたりにいたと思われます。けれども、自分の方に向かって風を呼び込み、関東以西では西風が吹きました。雨も呼ばれてやってきます。

 

 雨雲もあるけれど、ポカンと晴れて、西の空が夕焼けになろうかとしていました。雲の間から夕陽がもれていました。東の空はその光に照らし出された雲たちが騒いでいるようだった。

 

 雨雲はたぶん西の方から来たのだと思われますが、夕焼けの後に雨が降り出して、それなりに降っていたと思います。

 

 21日の朝、晴れるのは午後になってということだったけれど、雨はあがり、風は吹く東海地方になって、1日中風に吹きまくられてしまった。

 

 

 そして、ヒガンバナの季節になっていたことを改めて知る。お彼岸なんだから、咲いて当たり前だった。それをうっかり忘れていたなんて、なんていう私なのだろう。