★ 孤独の中に T・K
今、俺は孤独の真っただ中にいる。
過去三年間を通して言える。
もちろん友達なんか少ない。
今も俺はテニスをやっている。
ただのボール打ちだ。
ただのスポーツだ。
今、俺はテニスを憎みかけている。
そう、お前のために俺は、
そうさ、お前のために俺の友は
今まで俺は孤独の中にいた。
いや、今もなお孤独の中にいる。
しかし、俺はテニスが憎めない。
今まで俺を育ててくれたテニスが、
たとえ孤独になろうとも、
今、俺はテニスが好きだ。
今、俺は孤独の中に。……?
★ 創刊号ほとんどをネットに載せました。あとひとつ詩が残っています。
みんな(かなり多くの人が?)何かに影響されてなのか、詩を書きました。
たぶん、今の若い人たちなら、ちがう詩を書くでしょう。
いや、詩みたいなもの、今の若い人たちにとって、あまり意味を持たないかもしれないな。
私たちは、俳句や短歌みたいなのは、何だかウソっぽくて、あまり信用していませんでした。何だかわざとらしいし、そこに真実なんてないような気がしていた。
そもそも、ちゃんと芭蕉さんとか、蕪村さんとか、正岡子規さんとか、まともに読もうとしたことがあったでしょうか。
それはなかったのです。短歌は百人一首は勉強させられましたが、古典文法やら、一般的な常識としてだったのか。
だから、仕方なく私たち(今はオッチャン・オバチャンです!)は、自分の気持ちをゴニョゴニョと言葉にならない言葉にしなくてはいけなかった。それをたまたま「詩」というワクで扱ってたけど、「詩」のようなものではありました。
詩と俳句と短歌と、あいまいなまま、どうしたら今の気持ちを伝えるかというより、とにかく思いついたことを言葉にしたのでした。
まともに「詩」を研究して作るわけではありませんでした。そもそも、詩だって、どれくらい読んだことやら……。